新卒で入社して以来約30年勤務していた石川美智代という女性社員は、上司に当たる夫とともに10年以上もの長期間にわたって会社の金を食いつぶし、文房具や備品等に至るまで好き勝手に自宅に持ち帰るような善悪の境がまるでない自己中心的、というよりも犯罪であることさえ分からない人間である。
石川は令和3年7月24日付で退職したが、そのきっかけとなったのも、在庫として金庫に保管してあったダイヤが紛失したのが発覚したことにあった。石川が退職する1カ月ほど前の6月10日、石川が突然、ダイヤの数が合わないと言い出したのである。金庫の鍵を一人で管理していた石川の責任が問われることになったのは当然の成り行きだったが、しかし石川はどこまでも他人のせいにして、自分に責任はないと言い張った。それはあまりにも見苦しいほど度を越していた。
ダイヤの管理については、それまでは月に1回ほどチェックしていたようだったが、石川が上司の部長から引き継いでからは一度もチェックをしていなかったようだった。令和元年10月1日にNという男性社員が入社すると、間もなくして石川は必要もないのにNと2人でダイヤのチェックをしたようだが、Nが約9カ月後に退職する時にはチェックをしておらず、その後も月1回のチェックもしない状態を続けていた。自分の携帯電話の番号を誰にも教えない石川がNには教えていた。社長には教えていたが、「他の人には絶対に教えないで下さい」と念を押していた人間が何故だったのか。
石川は出社しても1日1時間以内程度の経理事務の仕事しかないのに、何故定期的にチェックをしなかったのかも大きな疑問だったが、6月10日に突然のように、しかも本来は2人でチェックするのが原則だが、石川が一人でダイヤをチェックした、その理由が分からなかった。たまたまコロナワクチンの接種から帰って来た社員が、泣いていた様子の石川を訝り、どうしたのかと聞くと、「ダイヤの数が合わない」と言う。社員が社長に報告することになったが、このタイミングで石川がダイヤのチェックを、それも一人でやったことに誰もが疑問を感じたのである。ダイヤが紛失している事実が明らかになる機会を石川がわざわざ作ったのではないかともみられるほど在庫のチェックは唐突だったからだった。それに、他の事では社長にも遠慮なく言う石川は、このダイヤの紛失盗難のように何か問題があった時には社長に直接報告をしなかった。それはなぜだったのか。
事実確認を進める協議の中で、石川はNに責任転嫁する発言ばかりを繰り返し、「Nがやった」「Nしかいない」を連発し、しかも相手のことを呼び捨てにしていた。ダイヤの保管については石川と一緒にチェックをしたNしか所在と保管状況を知る者がいないのは確かだったが、Nを呼び捨てにしてまで嫌疑をかけ決めつけるのは度が過ぎる。一方でダイヤの紛失盗難が発覚した際には、前年末に整理した贈答品類についても保管するべき分が紛失しているのではないかという問題も浮上した。
社長がダイヤと贈答品類の紛失盗難についてNに問い合わせをした際、Nは「贈答品類については、自分も関係したので責任は感じるが、ダイヤは一切知らない」と言ったという。しかしNの返答を社長が石川に伝えると、石川は「Nは、安い贈答品類は責任を持つと言って、高いダイヤについては責任を回避している」とまで言って、どこまでもNの責任を追及する態度を取り続けた。このことについても、社長が石川に「何故、ダイヤの事を教える必要もないのに、Nに教えたのか」と聞くと、石川は「Nが『社長に全て石川から聞けと言われた』と言っていました」と返答したが、この頃はダイヤの販売をしていないので教える必要もなかったはずである。部長の使い込みと同様に「部長が社長と話をすると言われたので後は私には関係ない」とばかりの言い訳で、それではなぜ社長に確認しないのか、自分の時給については平気で聞く人間が本当におかしいと誰もが思うことであった。それに、社長が「贈答品類は1900万円以上で、ダイヤはなくなった分が1000万円弱で金額のための責任転嫁でNが言っているわけではない」と言うと、石川は黙ってしまった。自分に責任が及ばないように過剰に誰かのせいにしようとする石川の対応は誰が聞いても不快でしかない。贈答品の管理にしても、本来はNではなく石川に責任があり、協議の過程で在庫の一覧表を出すよう石川に尋ねると、「それが、どこを探しても見当たらないんです」と石川が言ったことで、さらに石川への疑念が深まった。
その後、石川が協議の渦中で「7月15日に辞めます。引越しの手配をして月末には故郷の気仙沼に引っ越します。当分の間、兄の所で世話になります」と一方的に言ったので、「それは、何十年も会社に世話になって色々大変な迷惑をかけて、勝手すぎませんか。それを言うなら完璧に引継ぎや整理、ダイヤ等の問題を解決してからでしょう」と同席していたKが言うと、石川はしばらく下を向き黙っていた。関係者の間では、石川が兄の所で世話になると言ったのは嘘で、親からの相続財産を隠すために気仙沼に帰り、仮に訴訟沙汰になって負けても「金はない」とシラを切る考えではないかという意見が多数出ている。石川の兄の雅治氏は気仙沼市八日町で石川電気商会という電気設備工事会社を経営している。
実は石川にはさまざまな問題があった。石川の無責任さは会社の経費を何も考えないところに現れていた。事務用品や備品等を必要もないのに購入して溢れ返らせたり、好き勝手に持ち帰り自宅で使っていた。洗剤にしても使い切らないまま別の洗剤を開けて放ったらかしにするなど、節約することに全く気が向いていなかった。また、これは石川が退職した直後に分かったことだが、社長宛に取引先から送られた届け物を石川は社長の自宅に転送することになっていたが、その手配をいい加減にしていて、そのうちの飲料の詰め合わせを始め社長に報告もせず放ったらかしにした。例えば飲料のラベルに刻印された消費期限を見ると、約3年以上も放置していた事実が明らかになった。社長宛の届け物は必ず記録されていたが、飲料の詰合せが届けられた記録はなかった。これにより石川は届け物の中からいくつも無断で自宅に持ち帰っていたのではないかという疑念が生じ、飲料の詰め合わせは自宅に持ち帰る積りでいたが、いつの間にか忘れてしまっていたかも知れないと考えると、余りにも呆れた話だ。出社時と退社時に打刻するタイムカードの処理も余りにも杜撰、いい加減で、手書きで記入している件数が非常に多いこと、そしてそれを元に計算する給与計算を石川自身がお手盛りでやっていたことから、かなりの過払い金が発生していることがみとめられた。タイムカードへの手書きの記載は、社長が「今後は認めない」と部長に数回は指示していたが、石川はそれを無視していたのだった。さらに平成28年から同29年にかけて「社長の仕事を手伝わせてください」と言って、約1年半近く週に2、3日出社していたMという男が、会社の金を窃盗して姿をくらませる事件が起きた。しかし、会計事務所が承知している窃盗の金額は80万円で、これはMが銀行のATMから直接引き出した金額だったが、この頃、石川に対する関係者の評判が余りに悪いために、部長も責任を感じて石川を一旦は非常勤として週に2~3回ほど出勤させる体制にしたが、Mの失踪直後に石川が部長から呼ばれて、改めて帳簿や銀行の入出金、支払伝票等を調べたところ、さらに163万円余の使途不明金があることが判明した。しかし、石川は毎月初めに会計事務所に経理台帳のコピーを送っていながらそれについては一切報告していなかったこと等、そもそも石川が日々の仕事として携わってきた経費計算や経理帳簿の処理に関わることだったために、Mによる窃盗事件に加えて163万円余の使途不明金についても、実際には部長と石川の責任が問われ、また犯行が疑われたのである。この件についても会計事務所は当時から部長と石川の責任を指摘していた。社長は部長に「Mには1万円以上の金は自由にさせないように」と何回も指示していたのは誰もが知っていることであった。そのため、Mが銀行のキャッシュカードを自由に持ち出せたことについて部長と石川の管理責任が問われて当然だった。(以下次号)